読売新聞の[人生案内]、70代後半の母が以前は穏やかだったのに、最近、朝からビールを飲み「また、飲んでるの?」と問い正すと、「飲んでいない」としらを切り、「誰にも迷惑をかけていないでしょう」と開き直る。一方、いつもそばにいる父親は、母親の様子を見て見ぬふり。両親の関係が気になるものの、酒量が増えた母親が心配でどうしたらいいか、誰にも相談できず悩んでいる。
まず整理すべきこととして、母親の飲酒の問題は、母親個人のアルコール依存の問題として捉えることでは無く、家族全員の問題として認識しなければならないことで、「家族全員の病」として捉えることです。
従って、内々に家族だけで解決しようと思うのではなく、第三者に頼り対策を模索することが最善の方法です。もしも家族が身内の恥と思って、おもむくままに対処しようとすれば、泥沼にはまって家族全員が蟻地獄に陥ってしまう可能性があります。そのため、酔い潰れた後の片付け。親戚や近所へのいい訳や謝罪など、その場しのぎのを対応を繰り返すことは悲劇です。「どうしてやめられないの!」と感情的に責め続けるのは何の解決策にもなりません。
そのことを踏まえ、「お母さん!酒の量を増やしても自分の身体痛めるだけだよ」、「何が、問題があったら聞かせて」、また、「悲しいこと、苦しいことは全員で乗り越えよう」と寄り添うことは可能ですが、専門家による指導と不退転の覚悟が無ければ立ち入るのは避けた方がいいでしょう。
飲酒のきっかけは、父親との不仲かも知れませんが、親兄弟や親戚、近所との不仲など様々な人間関係が前提にあると思われますが、飲み始めたきっかけを本人が話すまで待つことができるかです。生きているのが空しく、自らを痛めつけ、醜い姿になって、自分にそして誰かに「分かって欲しい」と訴えているように見えます。「お母さん、縁あって授かったこの身体労わって大事にして!」、「分かって貰えないこと、自ら犠牲にしても誰にも聞こえないよ!」
また、本人が医療機関を受診しなくても、家族だけで精神保健福祉センターや保健所で、無料の相談を受けることができ、医療機関の紹介や生活面の助言を受けることも可能です。専門家の指導を受けながら対峙するのが最善です。父親の無関心さはより大きな問題ですが、夫婦2人の間に何があったかは、子供と言えども、立ち入ることが困難な領域です。子供は親を目指して生まれてきましたが、その親は何を目指して生まれてきたかは分からないからです。
感情的にならず冷静に聞き取る覚悟があれば、じっくり時間をかけて接することで糸口が見えるかも知れませんが、親たちのボタンの掛け違いが原因だとしても、解決するのは親たち自身なのです。親もまた最後を迎えるまで、何を目的に、何を為さなければならないかを模索しなければならないのです。アルコール依存の問題は、。専門家の指導のもと、一定の距離を置き見守る必要があると思います。


コメント