読売新聞[人生案内]、母親と同居しているが娘が、日々何かにつけ頼られ、生活費も足りないと嘆かれるのが煩わしい。子供も独立し金銭的に余裕ある兄に頼って欲しいものの、ガンに罹患した兄より娘である自分に頼ってくる。母との関係がこれからも続くと思うと、憂鬱で母から離れたいと悩む。離婚したばかりの50代の娘は、今の環境に日々葛藤。父親は30年前に亡くなり、元気で孤独な母との関わり方に悩んでいる。
親のもとに生まれるのは偶然の運命であり、そこに発生する問題を克服するのは困難、距離をおくことで母親との問題は解決される。家族は憎み合うものではなく、助け合うために存在。そのため、母親と離れて暮らすのは最善の選択肢とする考えがあります。その一方で、子は親を選んで生まれてきており、親を克服することが人生最初のハードルであり、この親に生まれたことを宿命と捉え、その宿命を乗り越えることが、生きる証だとする考えがあります。
人は自分の意思で親を選んで生まれてきたのか、それとも偶然なのか。どちらの考え方を選択するかで、目の前の課題の取り組み方は全然違ってきます。ある人は言います。「親との関係が苦しいなら距離を置けばいい」。それは、嵐の海に小舟で出たとき一旦港に戻るようなもの。無理に漕ぎ続ければ沈んでしまう。我が身を救うために時には生き延びる決断が必要だと。一方で、「困難は乗り越えるためにある」そのため、山登りのように一歩一歩辛抱強く進み続けることが必要。
相談者のように、頼りがちな母との関係に疲れ、離れたいと願う気持ちは自然なものです。しかも自分自身も離婚を経験し、心が揺らいでいる時期であればなおさらでしょう。「なぜ自分ばかり」と感じるのは無理もありません。
ただ、ここで考えなければならないのは、「離れるか」「向き合うか」の二者択一ではないということです。たとえば、重い荷物を背負って歩いているとき、すべてを背負い続ける必要はないのです。一部を降ろし、持てる分だけにすることもできる。つまり、関係を断つか我慢するかではなく、「距離を調整する」という第三の道もあります。
さらに一方で、逃げると嫌なことが倍になり、向かっていくと嫌なことが半減するということもあります。おもむくままに過ごす生き方も有りますが、自分は何のために生き、何を為し去っていくのかを考えるチャンスでもあるかも知れません。悩みや意に沿わないことは、立ち向かっていく覚悟ができたときに克服できる糸口が見えることが多くあります。
母のすべてを受け止めようとすると苦しくなりますが、できること出来ないことを2人で話し合いできれば大きな前進です。
「ここまではできるが、ここから先はできない」と線を引くことは、冷酷ではなく関係を続けるための知恵なのです。
人は誰しも、自分の望まない出来事に出会います。それを避けることも、立ち向かうことも選べます。ただし、どちらを選ぶにしても、「自分はどう生きたいのか」という問いから目を背けないことが大切です。 水に流される一枚の葉のように生きるのが理想ですが、進む方向を自分で決めることもまた人生の醍醐味です。悩みは消えるものではありませんが、その悩みにどう向き合うかによって光明に満ちた未来がきっと待っています。

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