ある日、義母がパジャマを羽織って食事に現れた。
妻は、「お母さん、何でパジャマ着てんのー?」
「他に着る物あるでしょうー!」
義母は、「下は、寒いんねん」
妻は、「他に着る物あるでしょうー!」
「着る物、いっぱいあるのにー!」
義母は、すでに貝になることを決めているようだ。
妻は、 「何で、パジャマー!」
「そのまま、外に出て行かないでよー」
義母は、相変わらず「無言」
妻は、貝になった義母に、
「無視しないでよー!」と突っ込むが、
義母は器を片づけ「ごちそう様」と言って、そそくさと下りて行った。
私67歳、妻68歳、そのお母さん92歳との3人家族の日常だ。
義母は、朝、昼、晩と1階から2階に上がってきて食事をする。
今年は気温が高く、例年より10日ほど早く桜が満開になったが、
義母がいる1階の部屋は、午前中、日が当たらず肌寒く感じる。
この時季、暖房をつけると暑くなり、消すと寒くなる。
義母は暑いと、ドアを開けて涼しくする。
最新機能のエアコンを、つい触ってコンピューターをかく乱する。
だから、電気代がもったいないので、衣類を脱ぎ着し調節している。
それでも、一枚着ると暑くなり、脱ぐと寒くなる厄介な季節でもある。
だから、手短にある衣類を羽織ったら、たまたま「パジャマ」だった。
しかしながら、私たち夫婦には先日の出来事が突発的によみがえった。
妻は、いつもキチンとした身なりでいて欲しいという願いと同時に、
1週間ほど前の「カギの紛失事件」がより強烈にフラッシュバックした。
朝、「カギを無くした!」と義母が叫びながら階段を駆け上がってきた。
要介護1の元気な92歳だった。
要介護1は、身体的衰えより認知機能を重視する等級だ。
義母は突然、「デイサービスから帰って来たらカギが無い」という。
デイサービスに行ったのは昨日だった。
なぜ今日になって、カギが問題になったかは別にして・・・
義母が部屋に居ると、カギの捜索は困難と考え退去命令を下した。
ベッドのすき間か?衣類のポケットか?いずれかに紛れていると直感した。
大掃除を兼ねてベッドを移動して捜索するのに義母はジャマだった。
結局、ベッドの下にも布団やシーツにも紛れてはいなかった。
次に、最初の引出しを開けると、カーディガンのポケットに見つかった。
カギは見つかったものの、一つ目の引き出しがぐちゃぐちゃだった。
引出しごとにラベルを張り、仕分けしていたが、義母にはやはり効果が無いようだ。
妻は、引出しに張ってあるラベルが機能していないことに落胆した。
高齢者が管理できる引き出しは、せいぜい2つか3つかも知れない。
この時季着る物だけを、透明な衣装ケースに入れ、
手の届く範囲に置くのがいいと思った。
それでも、妻は日ごろから、甲斐甲斐しく箪笥の中を整理している。
だからこそ、余計に腹立たしい。
今回もいつものように、全ての引き出しの整理整頓をはじめた。
一見、賽の河原(さいのかわら)のごとくと見えつつも、
いつかは、自分もそうなるかも知れない。
老いていく母親を理解するのは難しい。
期待を裏切られた無念さより、得を積んでいると考えたい。
「カギの紛失」から「パジャマ事件」への日常の一コマだ。
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