定年後の過ごし方、生前整理を始める前に先ずやること!

定年を機に持て余す時間を親の生前整理にあてようと思った。

自分が元気なうちに、自分の身体が動くうちに、親が痴ほう症になる前に、

あらゆる不都合を想定し、自分の将来の負担を回避しようと思った。

モノを捨てるにもお金がかかる、余裕のあるうちに捨ててしまおうと考えた。

「お母さん、このミシン、使わないんだったら、誰か必要な人に譲った方が、
 喜ばれるかも知れないですよねー」と、私。

「昔はよく使ったけど、いまはもう、使わないしねぇー」と、義母、

「これだけ、早く縫える工業用ミシンって、今となっては貴重だけど、」
「地震があったら、凶器になる可能性があるから危険ですよ!」と、私。

「よく、夜なべして縫ったけど、流石にもういらないねぇ」と、義母。

「これだけ重いと、譲るにも捨てるにも、3人以上じゃないと動かせないから、
 だれか、引き取りて探してみますね!」

年老いた義母は、古くて思いミシン、手放すことを了解したようにみえたが、
2.3日してからミシン台に、型紙とハサミが置かれてあった。

捨てると言われ、自分んもミシンも、現役だということを、
訴えたかったのかも知れないと思いました。

それでも、次の日も次の日もミシンは動くことがありませんでした。

親子で「もしも・・・」のことについて、今まで何も話したことがないのに、

「もしも・・・」の話は、自分も親も元気なうちだからできることだと考える。

しかしながら、親は生活に何ら不便を感じることもなくいつも通りの生活を送っている。

にも関わらず、「こんなモノとっておいても仕方ないでしょー!」と、
子供の理屈をおしつける。

親の意向を無視した一方的な子供の理屈は通用しない。

「オレの目の黒いうちは敷居をまたぐな!」と怒鳴った親を見て、
自分の価値観を押しつけた子供のわがままだったことに気付く。

歳をとって、「今さらモノに執着するな!」という思いだったが、
モノに執着しているのは自分だったかもしれない。と思った。

「もしも・・・」の話は、自分も親も共に元気なうちだと考えた。

だからこそ、親が元気なうちに、子供ができることは他にないか探した。

自分に当てはめて考えればすぐに結論がでた。

退職してから、要らなくなったものは何か?

それは、妻や子供が必要とするものなのか?

必要としないならゴミとして処分しよう!と考える。

いるにはいるの理由がある。また、要らないなら要らない理由がある。

捨てることはたやすい。

自分で買ったときの、当時の生活とヒストリ!

親兄弟、親戚、友人に貰った歴史と物語り!

すべてのモノに存在する「思い出」を捨てることが出来なかった。

買ったものや貰ったモノだけでなく、自分で作ったモノにも一層の思い出が強かった。

何がいらないか、何が不必要かを探すのでは無く、何に思いれがあるのか!
本当に必要なのは何か!本当に気にいってるものは何か!を探すことが必要だ。

親の価値観、これまでの生き方や人生観を共感することが何よりも大事なことだった!

土地や建物はどうしたらいいのか!

葬式やお墓への希望は何なのか!

誰に最も好意を寄せていたのか!

生前整理をしたい人間には、99%が不必要なモノばかりですが、

親にとって、要らないものはせいぜい2割ぐらいのようです。

先ずやるのは「生前整理」ではなく、「生前引き継ぎ」の方かも知れません。

残してほしい「モノ」についてどうするか!
自分が死んだときに、誰に知らせてほしいか!
銀行や証券会社のIDやパスワードを確認するなど、
捨てるより先に、しなければならない大切なことがありました。

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