禁煙までの葛藤の日々

 

未練がましい禁煙チャレンジャーに嫌気

今から20年ほど前にタバコを止めました。
社内で禁煙ムードが盛り上げってきた最中でした。
健康産業の会社だけに止むを得ないことでした。

同じころ、禁煙外来が流行り、禁煙補助剤のパッチやガムが発売された時期でもありました。仕事中ガムを噛むのは抵抗がありましたが、上腕や腹部、胸や背中に貼るのであれば、気軽に禁煙出来そうなイメージがまん延してました。
しかし、現実は、そう簡単に禁煙できるものではありませんでした。

それでも、治療にトライしたいきさつや禁煙後は食べ物が美味くて太ったとか、禁煙していたことを忘れて、また吸ってしまったとか、灰皿を囲んだ禁煙談議が盛り上がっていました。

「死んでもタバコを止めない」という人もいれば、「何が何でもタバコを止めなければならない」という切実な人も多くいました。しかしながら、その努力と戦いの様子を聞かされる度、痛々しく不憫に感じたことも多くあり、次第に嫌悪感さえ覚えるようになりました。
タバコを止めると決心したら、四の五の言わずスパーッ!と止めろ!と言いたかったように思います。

 

人事異動でヘビースモーカーに変身

当時私は、お得意先回りをする営業マンでした。
朝6時半に家を出て、8時半の朝礼に片道3kmを歩き、電車を3回乗り継ぐ毎日でした。
そのお陰で、毎日6km歩かなければならず、42歳の厄男はすこぶる健康で、「今日も元気でタバコがうまい!!」毎日のように連呼していました。

そんな気ままな営業マンも、ある日の人事異動で、部下数人と主要得意先を統括する営業責任者を命ぜられ名古屋に単身赴任になりました。
一介の営業マンは、今までの生活から一変し、本社からは毎日のように数字で責められ、得意先からは強圧的な要望やクレームに、気付くと新米の管理者はヘビースモーカーと化していました。

 

事務員さんのさげすんだ視線

ヘビースモーカーと化した私は、脅迫とも思える上司や得意先の電話に耐えきれず、思わずタバコに手を伸ばしていました。
つまんでいたタバコの火が指先まできたとき、2本目のタバコに火を付けつけようと、受話器を左あごの下に挟み、新しいタバコに前の
バコの火を移そうと首を傾げた時、ふと、何気に、事務員さんと目があってしまいました。
事務員さんは、多分、ずっ~と様子を伺っていたのでしょうか? 得意先から電話がかかってくる度に、立て続けに何本も吸う上司を可哀想に思っていたのかも知れません。
そのことがあってから、電話に出るたびに事務員さんの視線が気になり、「今日もまた、煙まみれで電話を切るのか」と相手の気持ちを量るようになりました。

目先のことで一杯の私には、人の気持ちを察する余裕はありませんでした。が、そのときから、タバコを吸っている自分を直視するようになりました。

むさぼるようにタバコを吸って話している相手は3人でした。その嫌な人間と話しているときだけ、立て続けにタバコを吸っていました。電話をする度に、自分の身体をいじめるが如くタバコを吸う自分が、情けなく、腹立たしく思うようになりました。

相手の要望に対して、何とかしよう、何とかしなければと思いながらも、何も出来ない自分がいました。
そもそも、知識も知恵も無い営業責任者に、答えなど出せるわけがありませんでした。

結局、何が自分には出来るのか?自分に出来ないこと何なのか?その瀬戸際を見極めることが出来なければ、自分の力量をわきまえなければ、自分も得意先も成長しない!と考え始めました。

 

出来ないものはできない!

と言い切ることが、得意先も現実の対処ができるのに、優柔不断な対応しかできない、自分の不甲斐なさにいら立ちを覚えていました。
その結果、文句を言う相手を嫌な人間に仕立て、精一杯やってる自分を正当化し、タバコで自らを慰めていたように思います。
その自分の姿をみたとき、心が解き放たれたように思いました。
嫌な人間の電話でも、面倒な会話でも、立て続けにタバコを吸うことは無くなりました。
と同時に、タバコの本数も減ってきて、タバコの必要性が少しづつ無くなっていったように感じました。


タバコを止める動機が必要

そうは言っても、食事のあとの一服、コーヒーを飲みながらの一服、酒を飲みながらの一服、一仕事終わったあとの一服、いろんな場面でのタバコは、癒しと幸福感をもたらしてきました。
いざ止めるとなると、20年以上の習慣を止めると、これからの人生?どうなるのか恐怖感さえ感じました。

一方、反面、少しづつでも「禁煙」の文字が心に湧きあがってきました。もう役は終わった! もうその時かも知れない? タバコを止めるんだったら一気に止めよう。じたばたした未練がましい止め方はしたくない。タバコを止める動機を見つけ、意を決しようと思いました。

 

自分はなぜタバコを止めるんだ?

タバコを吸ういろんな光景を思い巡らせ、自分の姿とその時の感情を思い起こそうとしました。

➀会議が終わって灰皿のまわりでくだをまく光景
②一本ちょうだい!!とせがんでいる光景
③歯磨きのあいだ中えづいている光景
④電話でイヤな人間と話しているときの光景
⑤階段の踊り場で一息ついている光景
⑥「今日も元気でタバコがうまい」と言っている光景⑦咳き込んで痰を吐いている光景
⑧タバコの火を借りる光景
⑨靴のつま先で火を消す光景
⑩道路の溝蓋のすき間に落す光景
⑪付き合いで灰皿の回りを囲む光景
⑫禁煙車両にしか乗らない光景
⑬何気に煙の行方を追う光景
⑭マンションの蛍族の光景
⑮子供に煙の輪っかを吹きかけている光景
⑯芝生の上のタバコを取り上げる光景
⑰換気扇の下でタバコを吸う光景
⑱空き缶に詰まったタバコを臭いと言っている光景
⑲他人の口臭とタバコの匂いで顔を背ける光景
⑳吸う人間だけが仲間意識を誘う光景

結果、灰皿に群がるあいまいもことした、タバコ外交の喫煙者達と、縁を断ち切ることにしました。
様々なわがままな光景を思い出し、妻や子にも不快な思いをさせたことに反省し禁煙の決意をしました。

 

タバコを止める3つの動機

タバコの癒しや幸福感より普段の動悸やめまい、息苦しさから解放されたいと言う思いが強くなりました。その為、いさぎよい禁煙は「タバコを止める動機」を見定めることが自分に適していると思いました。

 

止める理由1つ目

嫌な人間や、嫌なことから逃れようと、現実の問題を棚上げし、結論を出せず、タバコを吸って逃げようとする自分が嫌になった。

止める理由2つ目

タバコを吸う人間だけが、灰皿を取り囲み、愚痴をこぼしあい仲間意識をつくる貧相な根性が嫌になった。

止める理由3つ目

健康でぽっくり逝くためには、1回のアタック(発作)で逝けるよう、常日頃不健康なことはしない、また薬まみれの生活を送らない、毒や薬を普段から身体にいれない、外敵に敏感な身体を作ることがぽっくり逝けるコツではないかと、根拠のない考えに基づき、タバコを止めようと考えました。

逃げると危険は倍になり近寄ると半減

結局、禁煙は、逃げることが嫌になった自分が下した一つの結論でもありました。
逃げると危険は倍になり近寄るとその危険は半減すると言われます。まさに禁煙以降、様々な人生の場面でその教訓は生かされました。禁煙は大変なことです。1年ほど葛藤してようやく辿り着けました。
タバコから卒業することも大事ですが、自分の殻を破り羽ばたく契機になる禁煙であれば、貴方にとって大変すばらしい決意だと思います。明るく素晴らしい人生になりますよう心からお祈りしたいと思います!

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