終の棲家を地震対策でリフォーム

 親のしつけが命を守ってくれた 

はじめに

終の棲家をリフォームしました。仙台で経験した東日本大震災の経験をもとに、安心・安全に暮らせる家づくりをモットーにしたリフォームに取組みました。

2011年3月11日の地震では、家の中の物は全て壊れました。ケガが無く不幸中の幸いでしたが、これから防災を考え、家をリフォームされる方のために、少しでもお役に立てば幸いと思いブログにしました。

 

非常持出し袋に執着し過ぎると危険!

震災後に「備えあれば憂いなし」と非常持出し袋の宣伝をよく耳にするようになりました。その通りだと思いましたが、非常持出し袋があれば、地震対策は万全かのように捉えている人が多いように思いました。

2011年当時、私は仙台で勤務していました。
地震の揺れが余りにも大きかったため、人々は建物か這い出るように家から出ました。逃げ出た人達は、道端にただ呆然と立ち尽くすばかりでした。

何時しか人の波が小学校に向かう光景が見えました。体育館は人で溢れかえっていました。強い異臭がしたので目を向けるとトイレでした。断水により汚物が溢れ返っていました。

勤務していたオフィスビルに、避難場所を求め100人以上の人がなだれ込んできました。
それから数日間、私も妻も非難生活を共にしました。

夜になって、誰も避難袋を担いでいないことに気付きました。それもそのはずです。
立つこともままならず、壁にしがみつき、床に這いつくばってやっとの思いで外に逃げ出しました。
「非常持出し袋」どころではなかったわけです。

2011年3月11日(平成23年)の東日本大震災の前にも、2008年6月14日(平成20年)年岩手・宮城内陸地震、2005年11月15日(平成17年)三陸沖で地震、2005年8月16日宮城県沖で地震、2003年7月26日(平成15年)宮城県北部で地震、2003年5月26日宮城県沖で地震がありました。

2003年から震度6前後の地震がこれだけ続いており、このエリアに住んで居る人であれば、当然に防災意識が高く、皆がヘルメットを被ってリュックを背負っている人が多いかと思いましたが、非難してきた人達の殆どは手ぶらでした。
妻もそうでしたが、着の身着のままで逃げ出し、余震の合間をぬって、貴重品を取りに行っていました。津波がきていたらと考えるとゾッとします。
揺れ続ける中、倒壊した瓦礫の下から衣類を取り出すのは容易なことではありませんでした。

どんなに防災意識が高くても、想定外の地震では、非常持出し袋など眼中にはありませんでした。
まさに、逃げるのが精一杯でした。

非常持出し袋は、不自由な避難生活には必要なものですが、避難住民は余震の合間を縫って、被災した家やマンションから、着る物や食べ物を持出し、見ず知らずの人達みんなで分ち合っていました。避難先では自分が持ってきた食べ物は皆で食べました。

これから起きるかも知れない震災が、どれだけの規模でどれだけの被害をもたらすかわかりません。
家がどうなるか? 山崩れや津波は? 私達の生活
環境はそれぞれ大きく違います。
なりふり構わず逃げることを優先しなくてはならない状況が多いと思います。非難袋に限らず物に執着して逃げ遅れては何の意味もありません。

自分の住居環境で自分に出来る防災とは何なのか?
先ず取り組まなければならない防災とは何なのか?
平和なときにこそ考える必要があると思いました。



 

リフォームのポイントと備蓄品の品揃え

2011年当時、杜の都仙台が勤務地でした。良いことも悪いことも、東北地方は忘れがたい地になりました。

東日本大震災は地震の被害より、津波がもたらした被害が想像を絶していました。

今回、終の棲家の地震対策を目的に、家の中の安全強化を中心にリフォームを行いました。
1990年新築の木質パネル工法の建物は、耐震基準を満たしていることを信じ建物の構造はそのままです。

 

リフォームを行う前に

私が住んで居るところは、土砂崩れや津波の心配がない地域なので、地震が起きた時、大規模火災が無ければ避難所へ行かず自宅で非難すべきだと思いました。

そのため、倒壊の不安のある和ダンス、整理ダンス、食器棚など、背が高く重量のある家具類を廃棄することが最優先だと考えました。


リフォーム計画の第一点は、

食糧庫を新設し、1週間程度なら自宅非難できるよう普段から食料をストックできるようにしました。

リフォーム計画の第二点は、

地震の揺れで崩れる危険があるタイル張りの浴室の壁をユニットバスに入れ替えました。

リフォームの計画第三点は、

食器や衣類、雑貨などは原則クローゼットに仕舞えるよう物置を兼ねた部屋を増設することでした。

リフォームの計画第四点は、

給水タンクと簡易トイレなどの最も大事な生活環境の整備のため以下の備蓄品を整えることでした。

備蓄品の品揃えは、

❶簡易トイレ(既存トイレ対応)80枚(最大240回分)
❷LEDランタン280ルーメン2個、1000ルーメン1個、単一電池20本
❸折り畳み式水タンク20L×6個
❹カセットコンロ交換ガス20本
❺一週間程度の飲料水、食料
❻携帯ラジオ
❼登山用手袋
❽インナー用ダウンジャケット
❾雨合羽
❿猫砂(簡易トイレの匂い消し)
⓫吸汗・速乾性の高い下着類 
⓬ザック2個
⓭ヘルメット
⓮登山靴

備蓄品で最も大事なのは水とトイレ

地震から数日はお腹が空きませんでした。余震への恐怖からか身体がエネルギーを消耗しないようにコントロールしていたように思います。
それでもトイレに行きます。避難所の小学校でみたトイレを思い出すと簡易トイレと水は必需品だと思いました。自宅非難の場合も断水することでトイレが詰まることが想定されます。
トイレ対策が最も大事です!!

避難所に避難することなく一週間程度自宅で生活できる準備です。

「防災士が選ぶ、絶対安心グッズ30品」
「被災者の声をまとめた避難セット36品」
「グッドデザイン賞で女性に大人気」
「玄関にも置けるおしゃれな非常持出し袋」等々
数多くの非常持出し袋が紹介されていますが、自分の生活環境に沿った、非常持出し袋や備蓄品の品揃えが必要だと思いました。

 

2011年3月11日午後2時46分その時の状況

間もなくその時が来ました。
「地震その時、どうする!!」いつ起きるかわからない地震を、それぞれの家庭で、わが家の地震対策とは何か?また、わが家に必要な準備とは何か?を話し合うきっかけになればと思います。

 当時私は、仙台駅から北へ徒歩数分の地上23階建のオフィスビル4階で営業会議を始めたばかりでした。
春の日差しが穏やかな午後の昼下がりでした。
午後2時46分、「あぁ地震だ!!」
瞬時に身が強張りました。
3日前にも三陸沖を震源とする震度5弱の地震があったばかりです。「また、地震だ」と思いながらも、「また、直ぐにおさまるだろう」と高をくくっていました。
私は、会議室で椅子に座ったまま両袖を握り、両足を踏ん張った状態で外の様子を見ていました。

 なかなか、揺れが止まず、一瞬、子供がおもちゃ箱を無造作に理屈なく振り回す光景が浮かびました。

隣の事務室では、縦横に動くコピー機を押さえる者や、椅子を押さえる者、飛び跳ねそうな電話機を押さえる者、食器棚を押さえる者など次々に何かを掴み収まるのを待っていました。

みんな冷静に対処していましたが、はた目にはジェットコースターの取っ手に必死にしがみついている姿に見えました。一方、窓の外に映る光景は、ビル全体がメトロームのように大きく力強くしなっているように見えました。
その時、
真っ二つに折れると思いました。

そう思った瞬間、妻は? 14階にいる妻は大丈夫か?マンションは大丈夫か?直接見えないマンションはビル群の裏手にありました。

4階事務所から非常階段を駆け降り、マンションまで突っ走りました。入り口でオートロックは解放されていました。停電で解除されていました。エレベーターホールは当然ながら停止したままでした。非常階段から14階まで一気に駆け上がりました。
瞬間移動した
感覚でした。

足の踏み場がない玄関に愕然としました。
妻は瓦礫の下敷きだと思いました。

名前を叫びましたが応答がありませんせんでした。
奥へ進み真っ二つの壁面テレビ台の下に妻がいると思い、棚板を跳ね上げましたが姿はありませんでした。

直後に一階に避難していることが分かりました。鉄の玄関扉が空いて良かったです。ビルの6階から8階までのエレベーター横の部屋の玄関扉は閉ざされたままでした。

妻の恐怖心は想像を絶していたと思います。ビルの最上階では四つん這いでも体が留まらず身動きが取れない状態で「10階で火事です」「10階で火事です」けたたましく火災報知器が鳴り響き最悪の状態が続いていました。

L字型マンションのつなぎ目で、ビルとビルがぶつかるにぶい音、冷蔵庫や電子レンジが砕ける音、ガラス窓が窓枠にぶつかる音、茶碗が、コップが割れる音、電気傘が天井を打ち付ける音、生活用品の様々なぶつかる音が一層の恐怖心をあおっていました。

余震が続く中でも気づくと青空に小雪が舞っていました。綺麗だとおもいました。部屋には住めないと思い、階段を駆け上がり瓦礫の中から妻のコートだけ持ち帰りました。

14階まで何回階段を往復したか覚えていませんが息切れ一つしていなかったよに記憶しています。丁度そのとき津波が襲っていました。何時間も経ってから津波が町を襲っている、とラジオから漏れ伝え聞きました。それから避難所生活が始まりました。

 

地震直後の経験から学ぶこと、危機管理に必要な知識を検証

 

「辛かったこと」

①同僚家族の安否確認に相当時間がかかった
②津波の被害状況が掴めず行動が制限された
③原発事故による人的尊重を会社に説明出来ない
④放射線測定器を人的被害防止に使えなかった
⑤福島県に高齢社員の異動を命じたこと
⑥タワーパーキングの復旧に時間がかかった
⑦ガソリン不足で活動が制限された
⑧津波被災地のライフライン復旧が進まなかった
⑨水、食料をもとめた長蛇の列
⑩義援金の割振りに膨大な時間を費やした
⑪余震が止まず部屋の片づけが出来なかった
⑫ガスの復旧は想像以上に大変だった
⑬方々でトイレが詰まって異臭を放していた
⑭避難先の床が大理石で冷たく寒かった
⑮呆然と立ち尽くす人達の光景
⑯賃貸マンションが地震保険に入っていなかった
⑰ヘリコプターの音が異様だった
⑱天井が波打てば突っ張り棒は無意味だった
⑲駅や空港の被害の大きさに愕然とした
⑳津波がひいた後の凄惨な光景

「良かったこと」

①泥まみれの被災地で生存を分ち合ったこと
②津波被災地域から半年前に引っ越ししていた
③仙台市内の電気・水道は2日ほどで復旧した
④メール・インターネットが使えたこと
⑤避難先ビルでトイレが不自由なく使えたこと
⑥スチール製書棚やテレビ台は床壁に固定していた
⑦源泉かけ流しの加水・加温なしの温泉に目覚めた
⑧カセットコンロのガスでお湯を沸かせたこと
⑨山形からの支援がうれしかった
⑩従業員家族全員無事だったこと
⑪床に物が無く安全に避難行動がとれた
⑫高速道路が2週間で開通全ての物流が改善した
⑬持ち寄った食料でお腹と心を満たした
⑭毛皮の素材が寒さと安全から身を守った
⑮炊き出しの暖かい食べ物は身に染みた
⑯自衛隊の活動に頭が下がった
⑰消防士の甥が500km12時間かけ救援に来ていた
⑱ガラス片除去に強粘着クリーナーが役立った
⑲地震直後に温泉旅館に予約でき何日か凌げた
⑳温泉旅館に避難者受入れ対策が良かった

 

地震対策の7つのリフォーム対策

リフォームにあたり、被災経験を何をどこまで対策が必要か考えました東日本大震災のマグニチュード9、震度7にも関わらず、今にも朽ちそうな古い洋館もアパートも倒壊は免れました。

東日本大震災の最も大きな被害は津波でした。津波の威力は想像を絶しました。福島原発事故も津波が原因でした。一方、宮城県の女川原発は、津波に対する東北電力の危機意識が高く被害は最小限でした。

土砂崩れで家が押しつぶされれば、誰もなす術がありません。地震で家が倒壊してしまえば、誰も近づくことが出来ません。家が津波にのまれてしまえば、誰しもがたたずむしかありません。

自分がおかれた環境において防災とは何か?を個別に対応しなければなりません。家族を家から守り、家を震災から守る手立ては何かを、将来起こり得る震災に向けて最小限の被害に留める危機意識を整理しその優先順位をリフォームに活かす必要があると思いました。

リフォーム対策❶:住居地域の防災

現在住んで居る京都では「京都市防災危機管理室のホームページの南海トラフ巨大地震について」のホームページで、減災対策は耐震化、津波対策、防火対策の中で、京都市は建物の耐震化こそが地震から命を守る最も効果的な対策であり、火を出さない、火事が発生したら早く消すなどの防火対策が重要だと指摘しています。

また、平成24年6月14日に株式会社ウェザーニューズと協定を結び「きょうと減災プロジェクト」を開始しています。インターネット上に京都市の地図をベースとした投稿サイトを用意し、身の回りの気象状況や減災に役立つ情報を写真つきで自由に投稿できるサイトも運営されています。

さらに、「京都市避難所運営マニュアル」「資料編」「策定の手引き」及びその「概要版」も作成され震災時の対応マニュアルが整備されていました。

避難場所については、実際に住民が参加する大規模な避難活動を行う必要があると思います。学校や企業公共施設でも避難訓練が常態化していますが、そこで暮らしている住民が参加する避難訓練が必要だと思います。



 

リフォーム対策❷:地盤の強度

今自分が住んで居る地盤は強いのか? 居住地域の強度を検証しました。2000年の建築基準法の改正で、建築物の基礎構造は、建築基準法施行令38条第3項により地盤が悪い場合、地盤改良をしなければならないことになりました。
「地震ハザードステーション」 国立研究開発法人 防災科学技術研究所 「活断層データベース」国立研究開発法人産業技術総合研究所「土地条件図」国土交通省国土地理院 を参考にしましたが、危険性は低いと思いましたが、どれだけ安全かは理解出来ませんでした。

J-SHIS(地震ハザードステーション)を使って地震や地盤についての情報を調べると、「震源断層」ボックスの「主要活断層帯」にチェックを入れると地図上に主要活断層帯の位置が表示されます。

J-SHIS(地震ハザードステーション)を使って地震や地盤についての情報を調べると、調べたい地点をダブルクリックすることで、地盤増幅率、今後30年間または50年間における震度の超過確率および想定震度、地表及び工学的基盤上の最大地震波速度などの情報が表示されます。

わが家は、1990年の施工当時スウェーデン式サウンディング試験から26か所の柱状改良工事を行っていた為今回何もしませんでした。

スウェーデン式サウンディング試験とは、北欧のスウェーデン国有鉄道採用され、1954年頃建設省が堤防の地盤調査として導入しています。1976年にはJIS規格に制定され、戸建住宅向けの地盤調査試験として広く行われています。
当試験の調査可能な深さは10mです。先端がキリ状になっているスクリューポイントを取り付けたロットに荷重をかけて、地面にねじ込み25cmねじ込むのに何回転させたかを測定します。直接土を採取しないので土質の判定はロッドの回転する音に頼るため測定者により判定のバラツキが発生しやすい欠点があります。試験は5箇所以上のポイントで測定し建築予定の建物の四隅と中央で行います。

リフォーム対策❸:耐震強度

「建物は強いか?」耐震強度を検証しました。最大速度100カイン・最大加速度1198ガルの耐震性能の為、耐震についてはこれ以上必要ないと思いました。
(参考:阪神・淡路大震災の最大速度90カイン・最大加速度818ガル)
震度、ガル、カインは観測地点での揺れ方の大きさを表しており、マグニチュードは地震そのものの規模を表わしています。ガルとは、揺れ方の大きさを「加速度」で表したもので、車の急発進時の座席に押し付けられる感じのことです。カインとは、自身の揺れの大きさを「速度」で表したもので建物にとって重要な指標です。
阪神・淡路大震災以降の地震について、エスバイエルという住宅メーカーに被害状況を確認したところ、倒壊は無いとの情報も含め、同じ業者でリフォームを行いました。

 

リフォーム対策❹:家の中の安全度

「家具などの家の中は安全か?」室内の安全度を検証しました。
★地震で家具が倒壊下敷きの危険を回避するため、
和ダンス、洋服ダンス、食器棚など廃棄しました。
★押入れや倉庫の中の荷物も何か分かるように見えるよう整頓し直し不用な物は廃棄しました。
★緊急時の対応のため多くの空間を確保しました。
★衣類、雑貨は原則クローゼットに収納しました。
★タイル張りの施工当時の浴室はタイル張りのため、★倒壊防止と防寒の安全対策でユニットバスにリフォームしました。
★家の中の何が危険か?家族で周知しました。

 

リフォーム対策❺:施工業者の信頼度

どの業者にリフォームを依頼するか?業者の選択基準を経験に基づいて検証しました。
❶営業担当者及び現場責任者と直ぐに連絡がとれる
❷質問に即答でき、書面に裏打ちされている
❸即答出来ない場合、回答納期を告げ履行する
❹会社の理念と現場担当者の行動に矛盾がない
❺法令順守が徹底されている
❻施工計画書が細部にまで明記してある
❼設計担当者がよく話を聞き設計変更を嫌がらない
❽出来ること出来ないことの明確な説明がある
❾リフォーム完成後もメンテナンスを継続できる
❿工事担当者のマナー等のマニュアルがある
以上が28年間の経験に基づくもので、結果、新築時の住宅メーカーエス・バイ・エルに依頼しました。

 

リフォーム対策❻:施工金額の信頼度

リフォーム金額の妥当性は、複数業者から見積りをとるのがベストですが、実際はかなり面倒で精神的にも負担が多いように思います。出来れば今住んで住居の施工業者に任せるのが一番いいと思います。
社会的使命感や地域における責任感など、社会的責任を取れる会社は信頼出来るように思います。
基材の品質やグレードは、住宅展示場や家電・資材メーカー展示場で確認出来ます。納得出来るまで何度も足を運び、後悔しないようにしたいと思います。

最も問題なのは、見積りを依頼する施主が、グレードを上げたり追加工事をしたり、当初の思いとは違う依頼をしてしまうことです。そのため見積りは、事前にメールや手紙で業者に渡し、自らの勢い余った言動を避けるため念入りに計画を練るべきだと思いました。

★リフォームの目的に沿った工事内容の見積りか?
★営業担当と設計担当と一緒に説明を聞いたか?
★リフォームの状況を全て写真で保管しているか?
★工事の段取り部材の数量・単価に間違いはないか?
★値引きの程度はどうか?
★大幅な値引きの場合値引き根拠は明確か?
★工事完了時期は適切か?
★金額の支払い方法は適切か?

複数業者からの見積もりは常套手段ですが、時間と労力の関係で現実的には困難で、身近な業者に任せてしまうケースが多いと思います。
但し、安い見積りが故に、見えない建物の構造を傷つけ、簡易的に仕上げようとする業者もいます。
安全や技術を無視した客の要望には、「ダメなものはダメ」という業者の方が信頼できると思いました。

 

リフォーム対策❼:地震遭遇場所の行動?

 家族がそれぞれどこで地震にあうか?日常生活を思い浮かべ、その場面でどう行動するのが最も適切か!
イメージトレーニングしてみてはどうでしょうか!
どの行動が最も安全の確率が高いのか!
その行動がなぜ最も適切なのか!
みんなで話し合ってみてはどうでしょうか!
東日本大震災のとき、携帯は使えませんでしたが卓上の電話は使えました。インターネットやメールも使えました。しかしそれは過去のことです。連絡手段が取れない場合の避難先の待合せ候補を幾つか決めておく必要があります。家に帰るより最新のビルに避難している方が安全な場合があります。
私と一緒に避難先にいた若い女性が、家族と連絡が取れないので一刻も早く家に帰りたい!と何としてでも家に帰ると聞きませんでしたが、一晩中押留まるよう説得したことがありました。
暗い、情報がない、交通手段がない、無謀な行動とは知りつつ安否確認に行きたかったのを止めました。少なくとも本人は生きています。移動中に、二次被害に巻き込まれ命を落としたのでは元も子もありません。

★住宅街を歩いていているとき地震が起きた
★駅の踏切で地震が起きた
★歩道橋で地震が起きた
★オフィス街を歩いているとき地震が起きた
★交差点にいるとき地震が起きた
★駅のホームで地震が起きた
★電車が走っているとき地震が起きた
★エスカレーターで地震が起きた
★エレベーターの中で地震が起きた
★地下街にいたときに地震が起きた
★高層ビルにいるときに地震が起きた
★居酒屋にいるとき地震が起きた
★バスに乗車中に地震が起きた
★高速道路を走行中に地震が起きた
★自転車で走行中に地震が起きた
★高速道路のサービスエリアで地震が起きた
★旅館、ホテルに宿泊中に地震が起きた
★ガソリンの給油中に地震が起きた
★映画館にいるとき地震が起きた
★塾で勉強しているとき地震が起きた
★スーパーで買い物中に地震が起きた
★てんぷらを揚げているとき地震が起きた
★カセットコンロで鍋をしているとき地震が起きた
★炭火で焼肉を食べているとき地震が起きた
★アイロンをかけているとき地震が起きた
★入浴中に地震が起きた
★寝ているときに地震が起きた
いつ起きるか分からない地震、どこで遭遇するかわからない、それぞれの場面を想定することで、最善策を話し合い命を守らなければなりません。

 

お わ り に

内閣府1日前プロジェクトのエピソード集に
◆「逃げるとき、ランドセルが空っぽだからと 取りに行こうとすると「絶対に戻るな」と言われた」
◆「真っ暗でも着られるように服をたたんで 順に枕元に置いて寝ること」と言われた」
◆「すぐ外へ出られるよう玄関の靴をそろえておくこと」と言われた」

結局、「親のしつけが命を守ってくれた」と回想しています。 津波から逃れられた人たちは、ふだんの生活の中で親から子へ、そして、孫へと受け継がれた躾の歴史があります。躾を絶やさないことが最も手短で最善な防災対策かもしれないと思いました。

究極の地震対策!地震で揺れない宙に浮く家【三誠エアー断震システム】


 

参考:日本の面積は世界の1%未満なのに、世界の地震の約1割が日本で起きていました。日本は世界的に見ても地震による危険度が非常に高く、全国のどこでも地震によって強い揺れに見舞われる可能性があります。文部科学省 研究開発局 地震・防災研究課(地震調査研究推進本部事務局)引用

 

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