老親が子を選ぶんじゃなく、子が親を選んで生まれてくる2022

最初のハードルは血縁

「人が一人増えるごとに生活が大変になる」と言ったことを思い出す。

お金の問題もあるが、親兄弟の血縁による人間関係の方が厄介なことが多い。

親であれ、子であれ人が一人増えるごとに問題が起きることが多い。

誰しもが母親から生まれ、家族という集団を形成していくが、

その中で親子という血縁が、絶対的に親子の上下を含む関係を形成していく。

その集団生活の中で最初に越えなければならないハードルが親子の血縁であり、

子供にとって最初に克服しなければならないのが親の血縁による呪縛だ。

他人なら上手く出来ることも、親子になると途端に出来なくなることが出てくる。

人として最初に越えなければならないハードルが親子の血縁による絆だ。

同居が自分のハードルだった

1990年自宅を新築した当時のこと、それまでも義母と生活を共にしていたが、

自分名義の終の棲家に、義母と生涯において暮らす覚悟は出来ていなかった。

一生涯同じ屋根の下で暮らすと考えると不安があった。

妻との関係、2人の子供との関係、義母との関係はいたって良好だったが、

妻と実の親である母親との会話は、自分が育った環境でのやり取りと大きく違った。

まさに親子ならではの、遠慮会釈ない会話に圧倒されることも多く、

時にはそのやり取りに嫌悪感に見舞われ爆発することもあった。

親子が故のざっくばらんなやり取りは、微笑ましく思うことも多いが、

その違和感がずーっと続くのかと思うと憂鬱だった。

まさに、同居への不安が自分にとっての大きなハードルだった。

親は反面教師で踏み台

おぎゃーと生まれ、最初に越えなければならないハードルが、

親だということを早く理解しなければならない。

親もまた自ら立てた目標を成就し、還って逝く一人の人間である、

同じ一人の人間だということを、理解しなければならない。

その自ら立てた目標と成果は、本人の実績として天国に持ち帰り、

自己採点し自分で評価し次に繋げる努力をする。

さらに高みを目指し、また、おぎゃーと生まれ、

もう一度違う環境で一からやり直し自らの成長を目指す。

子供は自分の親を乗り越え成長するために、自分で親の性格や生活環境を選ぶ。

自分で選んだ親を一生涯かかっても、飛び越えることが出来ない子供も多い。

自分の親もまた自分の親を越えようと生まれてきたことを理解しなければならない。

誰しもが最初に越えなければならないハードルが親だということを知る必要がある。

だからこそ、親と一緒に生活することは大変なことが多い。

楽に生活できるところには、そもそも生まれて来なかったと考える方が自然だ。

親は踏み台として飛躍するための貴重な存在であることに何れ気付く時がくる。

親も同じ時代を生きている同志だということを理解したい。

親子は玉石混交

人と人が一緒にいつも平穏に生活することは至って難しい。

摩擦があることで人は成長すると言う。

さらにその摩擦を克服することで、人はさらに大きく成長するとも言う。

玉石混交(ぎょくせきこんこう)のごとく、

親であれ子であれ、違う人間(魂)が一緒に暮らすことで、

ときには喧嘩もし、考え方の違いをぶつけることで、

血縁があっても無くても、一緒に暮らすこと自体に、

大きな価値があることを知らなければならない。

しかしながら、血縁の二文字が人と人との距離感を縮めてしまい、

感情のおもむくままに言葉や態度で表現していると、

いつか関係を拒絶し破綻してしまい元も子もなくなることがある。

家族の中で混ざり合うことが、世間に出る前の準備の場であり、

大海原に乗り出す前の、航海の知識と知恵を学ぶ場所であることを理解したい。

家族と言う集団の中で培われた経験と実績は、

社会生活においてのあらゆる人間関係を構築する知恵を学んでいる

子が親を選んで生まれてくる

結婚して45年の夫婦は、義母と3人で暮らし始め7年が経った。

結婚当初から義母を一人残し、転勤で各地に赴任したこともあったが、

退職してからは、高齢者2人と超高齢者1人の3人暮らしが続いている。

毎日を朗らかに暮らすことも越えなければならないハードルの一つだった。

妻は日々甲斐甲斐しく母親の世話をするが、反応が期待とは違うことが多い。

最初に越えなければならないハードルは親だと説明する。

妻と母が、親子として一緒に過ごした時間より多くの時間を別々の環境で生きてきた。

その結果、衣食住のすべてにおいて、経験と知識が大きく違っている。

食べる音、口の汚れ、手の汚れ、トイレ、入浴、服の選び方など、

母親の一挙手一投足気になってしょうがない。

妻の強い愛情と幼いころからの強い絆が2人の距離感を縮めている。

「同居して何十年、お義母さん、前から何も変わってないよー」と妻によく言う。

過ぎると、「可愛さ余って憎さ百倍」にしか見えない!とも言う。

「親が子を選ぶんじゃなく、子が親を選んで生まれてきたと考える方が理に適ってるんじゃない!」

「越えるべきハードルが身近にある」ってことじゃないのかなってね・・・

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